"望郷の道"を行く vol.2
◆望郷の"道"はどこですか?
最初に、『望郷の道展』を開くことになったキッカケについてお話したいと思います。
◇ ◇
「あの北方謙三が富士町を舞台にして新聞小説を書いているらしい」
というウワサを私が初めて耳にしたのは、2年前の2008年のこと。情報源は私の兄でした。
兄が出張に行く先々で「あなたは佐賀県のご出身ですか!?古湯のある町?
毎日『望郷の道』読んでますよ!」と言われ、歓待されると言うのです。
どうやらその小説は昨年から新聞で連載され、大反響のうちに終了した
とのこと。「とにかく面白かったらしいぞ!」と兄は興奮気味でした。
その時はまだ、私はピンときませんでした。
北方さんといえば、ハードボイルド小説で脚光を浴び、『三国志』をはじめ
中国の歴史小説でも知られ、直木賞の選考委員も務める、佐賀が生んだ大作家です。
しかし、唐津出身である北方さんがなぜ富士町を舞台にしたんだろう?
そもそも富士町に小説の素材があるのか?
私だけでなく、ほとんどの富士町民が、北方先生と富士町のつながりを知らなかったと思います。
そんなある日、見慣れない初老の紳士が富士館を訪れました。
都会の洗練された物腰のその人は、来館するなり、
「明治時代、(北九州の)遠賀川から古湯に至るにはどんなルートがあったんですか?」
とたずねられたのです。
◆本の正体
図書館の大切な業務の一つとして、
利用者の求める文献や情報を探し出す「レファレンスサービス」があります。
質問の意図を正確に引き出すためのインタビューは、司書の腕の見せどころと言えるでしょう。
さっそく初老の紳士に意図をたずねると、
「『望郷の道』の主人公が富士町と北九州・博多間をひんぱんに往来するんですよ」とのこと。
どうやら紳士は『望郷の道』の熱心な読者のようです。
さらに話を聞くと、関東から九州に里帰りしたついでに富士町に足を延ばし、
小説と同じ風景を見てみようとされたようなのです。
図書館なら何か手掛かりがあるはず、と初老の紳士は期待していたと思います。
しかし私は答えを見つけきれず、情けない気持ちで紳士を見送りました。
あとで知ったのですが、同様の問い合わせが、佐賀市富士支所にも寄せられていたそうです。
そんな出来事から約半年が過ぎた2009年3月、ついに『望郷の道』の単行本が出版されました。
そして同じ頃、同僚がすごい情報を入手してきました。
「北方さんのひいおじいさんが富士町の古場の人なんだって!」
しかも、そのひいおじいさんが一時代を築いた「新高製菓」の創業者というのです。
私はすぐに書店で本を購入し、どきどきしながらページをめくりました。
つづく
『望郷の道』は日本経済新聞に2008年8月6日~翌2009年9月29日まで連載。
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