ふじ人里山を語る
◆「どがんかせんば!」
皆さんは『望郷の道』で好きな場面はどこですか?私は古場の桜並木のシーンです。藤正太と瑠瑋(るい)の祝言の日も
二人が帰郷するシーンも、古場川の土手の桜は美しき咲き誇り、花びらを降らせて、
二人を温かく迎え入れるのです。
『望郷の道』を読み終えた私は、居ても立ってもいられなくなりました。
この本の感動を伝えること。私たちの知らない富士町の歴史を掘り起こすこと。
この両方に取りかからないといけない。
富士町に初めてできた
公立図書館として、「どがんかせんばいかん!」という言葉が頭の中を
グルグル駆け巡り、まるで東国原知事の心境です。
そして同僚と話し合った結果、4月23日から始まる「春の読書週間」に
合わせて、『望郷の道』の魅力を発信するような展示会をしようということを
決めました。もちろん、同僚たちも『望郷の道』を読み、やる気満々です。
しかし、展示会の初日までは1カ月も残っていませんでした。
◆背中を押したのは誰...?
いざ展示会をしようと決めたものの、私たちは困り果てました。望郷の道のモデルとなった森平太郎さんや、森さんがおこした新高製菓の記録が
ほとんど残っていなかったからです。
『富士町誌』(1968年・富士町教育委員会刊)には15行程度の記述しかなく、
ほかの郷土資料をあたってみても情報は断片的です。
村岡総本舗の創業者による『村岡安吉伝』(1974年刊)には、
「新高キャラメルは現在でも記憶する人の多い人気商品であった。
残念ながらこの史実を記録するものはなく、商品のラベル以外当時を
回想できるものも少ない...」とあります。
文献だけを頼っていては、展示会はできそうにありません。
しかし、富士町には森平太郎さんや新高製菓を知っている人がいるはず。
その人たちに聞き取りをし、家に眠っている資料を探し出すしか方法はない。
そう覚悟しました。
余談ですが、調査の記念すべき第一日となった4月1日のことを、
私はよく覚えています。4月1日は父の月命日で、早朝いつものように
母と二人でお墓掃除に行くと、突然、上空一面をうめるほどの桜吹雪が降ってきたのです。
清々しい春の陽の光を浴びて、無数の花びらが
キラキラと輝き、まるで夢の中の出来事のようでした。
最初は父が「がんばれ」と応援しているのだと思いました。
しかし今思えば、それは森平太郎さんからの激励だったのかもしれません。
(文・富士館司書 江口裕子)